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東京高等裁判所 平成5年(ネ)4371号 判決 1994年10月26日

主文

一  一審被告の控訴に基づき原判決中の一審被告敗訴部分を取り消す。

二  一審原告らの請求をいずれも棄却する。

三  一審原告らの控訴をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審とも一審原告らの負担とする。

理由

第一  当事者の求めた裁判

一  平成五年(ネ)第四三五六号事件

1  一審被告

(一) 原判決中の一審被告敗訴部分を取り消す。

(二) 一審原告らの請求をいずれも棄却する。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも一審原告らの負担とする。

2  一審原告ら

本件控訴を棄却する。

二  平成五年(ネ)第四三七一号事件

1  一審原告ら

(一) 原判決中の一審原告らの敗訴部分を取り消す。

(二) 一審被告は、一審原告甲野に対し、九〇万円及びこれに対する平成二年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 一審被告は、一審原告内田に対し、九二万円及びこれに対する平成二年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(四) 訴訟費用は、第一、二審とも一審被告の負担とする。

(五) 仮執行宣言

2  一審被告

一審原告らの控訴をいずれも棄却する。

第二  事案の概要

事案の概要は、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要及び争点」記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のように補正する。

1  原判決六頁一一行目の末尾に続けて「なお、右引致の時刻は同日一六時一〇分頃である(右引致の時刻につき山口証言)。」を加える。

2  原判決八頁五行目の「山口証言」の次に「、近藤証言」を加える。

3  原判決一二頁四行目の「取調べを開始」の次に「した。一審原告甲野は、ゼッケン、笛、手袋等の証拠品の確認については頷くなどしてこれに応じ、健康状態についての質問にも答えていたが、被疑事実については不当逮捕であるというのみで黙秘をしていた」を、同行の「山口証言」の次に「、近藤証言」をそれぞれ加える。

4  原判決一三頁一行目の「でき」の次に「、加えて、取調べに当たつた訴外近藤仁志が、被疑事実、所属大学の名称、証拠品、健康状態等について質問し、被疑事実については黙秘したがその余の点については応答をしていた旨の供述をしていることをも合わせ考慮すると」を、同四行目末尾に続けて「右取調べに先立つて一審原告甲野の写真撮影が行われたことは右認定を左右するものではない。」をそれぞれ加える。

5  原判決一五頁五行目の次に行を変えて「一七‥二五分頃 築地署の警察官が、救援連絡センターに対し、一審原告甲野が同センター指定の弁護士を弁護人に選任したい旨希望していることを電話で伝えたが、その際、同センターの事務員から右警察官に対し、一審原告内田が同センターに登録された弁護士であることが伝えられた(伊藤証言、甲五)。」を、同九行目の「甲野を」の次に「夕食後に再度取調べをするので夕食が終わつたら連絡をして欲しい旨伝えた上留置係の警察官に引き渡し、留置係において同人を」を、同行の「留置した。」の次に「訴外近藤は、右指示に従い、一審原告甲野の取調べをする目的で夕食時間中も築地署内で待機していた」を、同一一行目の「山口証言」の次に「、近藤証言」をそれぞれ加える。

第三  争点に対する判断

一  訴外山口の対応についての違法性及び故意又は過失の存否(争点1)について

1  刑事訴訟法三九条三項の規定に基づく接見の日時、場所及び時間の指定(以下「接見の指定」という。)は、あくまでも必要やむを得ない例外的措置であつて、これにより被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限することが許されないことはいうまでもなく、捜査機関は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)から被疑者との接見の申出があつたときは、原則としていつでも接見の機会を与えなければならない。

捜査機関は、接見を認めると捜査の中断による支障が顕著な場合には、接見の指定をすることができ、右にいう捜査の中断による支障が顕著な場合には、捜査機関が、弁護人等の申出を受けた時に、現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせているというような場合だけでなく、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があつて、弁護人等の必要とする接見を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれが有る場合も含むものと解すべきである。

弁護人等から接見の申出を受けた捜査機関は、直ちに、当該被疑者について申出時において現に実施している取調べ等の状況又はそれに間近い時における取調べ等の予定の有無を確認し、右のように、接見を認めると捜査の中断による支障が顕著であると判明した場合には、捜査機関は、弁護人等と協議して速やかに取調べ等の終了予定後における接見の指定をし、弁護人等ができる限り迅速に接見等を開始することができるように配慮すべきである(最判平成三年五月一〇日・民集四五巻五号九一九頁)。

2  そこで、まず、本件が接見を認めると捜査の中断による支障が顕著な場合であつたか否かについて判断する。

(一) 一審原告甲野は、平成二年一〇月一〇日一五時五三分頃、東京都公安条例違反の容疑で逮捕され、同日一六時一〇分頃築地警察署に引致され、同日一六時一五分頃から一六時二五分頃までの間、被疑事実の要旨及び弁護人選任権の告知を受けた後、弁解を録取され、写真撮影等をされた後、同日一六時四五分頃から訴外近藤による取調べを受けていたが、所定の食事開始時間(一七時)が過ぎたため取調べが一旦中止され、一七時二八分頃、同警察署の留置場に留置されたこと、訴外山口は、夕食終了後に再度一審原告甲野を取り調べるよう訴外近藤に指示しており、訴外近藤も右指示に従い、夕食後に再度取調べをするので夕食が終つたら連絡をして欲しい旨伝えた上、一審原告甲野を留置係の警察官に引き渡し、同日一八時一〇分頃実況見分の応援を指示されそのため築地署を出るまで、一審原告甲野の取調べをする目的で同署内で待機していたこと、一審原告甲野の夕食は同日一八時一五分頃終了したこと、以上の各事実によれば、一審原告内田が一審原告甲野との接見を求めた同日一六時三五分頃から訴外山口が接見の指定をした同日一七時四五分頃までの間は、現に一審原告甲野を取調べ中であるか又は間近い時に取調べをする確実な予定があつた段階であると認められ、加えて、引致の時刻が夕刻であり、食事時間を挟んでの取調べが予定されていたこと、更に、一審原告甲野の態度如何によつては夕食後に同人に実況見分への立会いを求める可能性も存したこと(近藤証言)等を考慮すると、一審原告内田の希望する即時の接見を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなり、捜査の中断により顕著な支障が生じるおそれがあつたと認められる。

一審原告らは、右当時、一審原告甲野は現行犯逮捕された者である上黙秘をしていたものであつて同人を取り調べる必要性は少なく、実際にも一審原告甲野に対する夕食後の取調べは行われておらず、その予定もなかつた旨主張するが、一審原告甲野についての被疑事実である東京都公安条例違反については、犯罪事実やその動機のみならず組織的な犯行であるか否か、組織的な犯行であるとして組織内において一審原告甲野その他の者が果たした役割、これが計画的なものであるか否か、右犯行により生じた具体的被害の有無・程度等多岐にわたる事実につき捜査をする必要があり、右事実については一審原告甲野の供述によつて解明すべき点が多かつたため、一審原告甲野が黙秘をしているとしても同人を説得して任意の供述を得るなどして事案の全容を解明する必要性は大きかつたものであり(黙秘している被疑者についても取調べをすることが許されることは明らかである。)、また、現行犯逮捕の場合には予め証拠の収集がされていないため、被疑者の取調べの必要性は通常逮捕の場合に比較しても勝るとも劣らないことを考慮すると、一審原告甲野が現行犯逮捕されたことや捜査官の取調べに対し黙秘していることをもつて、取調べの必要が少なかつたということはできない。

また、夕食後に一審原告甲野に対する取調べが行われなかつたことは事実であるものの、これは取調官である訴外近藤外一名が急遽実況見分の応援に派遣されたためであつて、一審原告甲野に対する取調べの必要性が乏しかつたからではなく、訴外近藤が夕食のため取調べを中断するに当たり、夕食後に再度取調べをするので夕食が終わつたら連絡をして欲しい旨伝えた上、一審原告甲野を留置係の警察官に引き渡し、自ら待機していたことからしても、訴外山口が一審原告内田に接見の指定をした一七時四五分頃の段階では、訴外近藤において一審原告甲野を夕食後においても引き続き直ちに取り調べる予定であつたことは明らかである。なお、夕食後の取調べの予定が変更されたことに対応し、夕食後に接見させることも考えられないではないが、一審原告内田は、すでにその前の一八時頃に築地署を引き上げていたため、接見の指定を変更して一審原告甲野と接見させることは事実上困難であつたものと認められ、訴外山口が右のような措置を取らなかつたことが違法であるとまではいえない。

したがつて、一審原告らの右主張はいずれも採用できない。

(二) 一審原告らは、一審原告甲野についての弁解録取手続、写真撮影手続、留置手続、夕食時間の前後等の区切りの各段階において接見の機会を設けることはたやすく、これにより捜査が中断して顕著な支障が生じるおそれなどなかつた旨主張する。しかし、一審原告甲野について取調べの必要があつたことは右(一)で認定したとおりである上、本件が現行犯逮捕の事案であつて予め証拠の収集がされていない状況の下で、検察官に送致するまでの四八時間以内に一応の捜査を遂げておかなければならなかつたことを考慮すると、一審原告ら主張の各段階において一審原告甲野の取調べを中断して一審原告内田との接見をさせることは、右事件の捜査に看過し得ない遅れをもたらし、捜査に顕著な支障が生じるおそれが存したというべきである。確かに、一審原告甲野の取調べについては夕食を取らせるために中断することが予定されていたが、右捜査の必要性、ことに夕食後直ちに取調べを再開する予定があつたことにかんがみると、被疑者にとつて必要不可欠ともいうべき夕食を取らせるため、必要最小限度の時間に限り取調べを中断することを予定していたにすぎないものというべきであつて、夕食時間帯の前後に接見をさせれば、取調べの再開が遅延し、捜査に顕著な支障が生じるおそれが存したものと認められる。また、一審原告甲野の夕食時間を削つて接見させることも可能性としては考えられないではないが、夕食を取ることは被疑者の基本的権利であるというべきであり、その時間を削ることは相当ではない上、右のとおり、そもそも一審原告甲野については夕食を取るための必要最小限度の時間に限り取調べを中断したものであるから、その時間を削ることは困難であつたと認められる。更に、夕食を取りながら接見させることも相当ではない。すなわち、被疑者の夕食については、被疑者が箸を飲み込むなどの自傷行為を防止したり被疑者の健康状態を確認するなどのため留置係の警察官が必ず立ち会う必要があるところ、被疑者と弁護人との接見は立会人がいない状態でするものであつて留置係の警察官としては自己の責任において被疑者が自傷行為等をするのを防止できないから、夕食を取りながらの接見を許すことは相当ではない。一審原告甲野の場合、夕食開始間際の時間に築地署に引致されたことから、夕食としてはパンが出されたのみであるけれども、パンにつけるジャム・マーガリンの袋を嚥下するなどの自傷行為が行われることもあるので、一審原告甲野の夕食につき留置係の警察官の立会いの必要性が存在したことは明らかである。加えて、築地署においては、一審原告甲野が留置場に入場した一七時二八分以後の時間は同署所定の食事時間帯内に含まれるところ、留置主任、留置係長各一名及び留置係員三名(留置場内勤務二名、留置場外勤務一名)が約一二、三名の留置人の留置業務を担当していたものであつて、右人員により夕食の準備、立会い及び後片付け等の留置人全体の戒護の業務をしなければならなかつたことを考慮すると、右時間帯に接見時間を指定し一審原告甲野に接見をさせることは他の留置人に対する戒護が手薄になり困難であつたと認められる。なお、弁護人と被疑者との接見、被疑者の食事等は留置業務に関するものであるところ、これらの業務は留置講習を終了した者から選任された留置係が行うものであつて、取調べを担当する刑事課の警察官等はすることができないから、訴外近藤等の刑事課の警察官が築地署内に残つていたとしても、留置場内の被疑者の戒護を補助することはできず、右事情に変更はない。以上の次第で、一審原告らの前記主張は採用できない。

(三) 一審原告らは、被疑者と弁護人等との逮捕直後の初回の接見は極めて重要なものであり、弁護人となろうとする者が現に被疑者の拘禁先に来ているにもかかわらず接見を拒否することは被疑者が防御の準備をする権利を不当に侵害するものである旨主張する。

被疑者と弁護人等との逮捕直後の初回の接見が極めて重要なものであることは所論のとおりであるとしても、これを制限することが絶対に許されないものではなく(一定の事由が存する場合には弁護人等の希望する日時以外の日時に接見するよう指定することが許されることは前述した。)、前記(一)の事実に照らすと、本件において一審原告内田の希望する即時の接見を許さなかつたことが違法であるとは認められない。

更に、一審原告らは、本件は黙秘権を侵害する目的で一審原告甲野と一審原告内田の接見を妨害したものであり、違憲・違法なものである旨主張する。しかし、前記2(一)で認定した一審原告甲野に対する取調べの状況・必要性等を考慮すると、訴外山口が一審原告甲野の黙秘権を侵害する目的で一審原告内田の接見を妨害したと認めることはできない。

3  次に指定権行使が速やかにされたか否かについて判断する。

前記1のとおり、接見の指定をする場合には、捜査機関は、接見の申出を受けた後直ちに、当該被疑者について申出時において現に実施している取調べ等の状況又はそれに間近い時における取調べ等の予定の有無を確認して、改めて接見の日時等の指定をする義務があるところ、訴外山口は、一審原告内田から平成二年一〇月一〇日一六時三五分頃に接見の申出を受け、同日一七時四五分に至つて翌一一日午前一〇時に接見するよう指定したものであるが、一審原告内田の訴外山口に対する接見申出は一審原告甲野が築地署に引致されて後約二五分経過した段階でされていること、右接見申出から接見の指定までの間は、一審原告甲野について弁解録取や写真撮影の手続がされ、引き続き訴外近藤による取調べが開始されるなどしていた段階であつた上、一審原告甲野が現行犯逮捕された者であつて予め収集された証拠のない事案であり、今後の取調べ時間等につき予測をつけ難い状況にあつたことを考慮すると、これが前記義務に違反する違法なものであるとまでは認められない。

4  一審原告らは、訴外山口が、一審原告内田に対し、一審原告甲野との接見を平成二年一〇月一一日午前一〇時に指定したことが適切を欠き違法である旨主張するのでこの点について判断する。

前記1のとおり、捜査官が接見の指定をする場合には、弁護人等ができるだけ迅速に接見等を開始することができるよう配慮すべき義務が存する。これを本件についてみるに、訴外山口が接見の指定をした同月一〇日一七時四五分の段階では、夕食に引き続いて一審原告甲野を取り調べる具体的な予定があり、しかも、夕食前の取調べは約三〇分程度行うことができたに過ぎないものであつて、夕食後にも相当の時間取調べが予定される状況であり、一審原告甲野の態度如何によつては同人に実況見分への立会いを求めることも考えられ、場合によつては留置人の就寝時間に食い込むことも予想されたこと、訴外山口が接見の指定をしたのは未だ逮捕直後と評すべき時点であり、取調べの必要性についての正確な判断が困難であつたこと、また、接見指定がされた当時すでに夜間に入つていたこと、加えて、本件では、一審原告内田から接見の申出がされた日の翌日である平成二年一〇月一一日午前一〇時を接見時間とする指定がされたが、現実に弁護人が接見をしたのは同日午後一時三〇分頃になつてからであることを考慮すると、訴外山口が一審原告内田の接見申出の翌日午前一〇時に接見指定をしたことが違法であるとまでは認められない。

二  一審原告らは、刑事訴訟法三九条三項が憲法三四条及び国際人権B規約に違反する旨主張する(争点2)ので、この点について判断する。

接見交通権は、憲法三四条に規定する弁護人依頼権に由来する弁護人固有の権利であるというべきであるが、全く無制約なものではなく、公益的性格を有する捜査との関係において必要最小限度の制約を受けるものであり、刑事訴訟法三九条三項が前記一1のように限定的に解釈されるものであることを考慮すると、同条項が憲法三四条に違反するとは認められない。また、国際人権B規約一四条三項bは、何人も「防御の準備のために十分な時間及び便益を与えられ並びに自ら選任する弁護人と連絡する」権利を保障される旨規定しているところ、刑事訴訟法三九条三項は、そのただし書において接見の指定が「被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない。」と規定していて右規約一四条三項bに沿う形になつており、また、刑事訴訟法三九条三項に規定する接見の指定が前記一1のとおりあくまでも必要やむを得ない例外的措置であると解釈されることを考慮すると、これが右規約一四条三項bに違反するとは認められず、また、右規約一四条三項dは、その文言からして被告人に関する規定であることが明らかであるから、刑事訴訟法三九条三項が右規定に反するとは認められない。

三  よつて、その余の点について判断するまでもなく一審原告らの請求は理由がなく、その請求を一部認容した原判決は相当でないから、一審被告の控訴に基づき原判決中の一審被告敗訴部分を取り消し、一審原告らの一審被告に対する請求をいずれも棄却し、一審原告らの控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水 湛 裁判官 瀬戸正義 裁判官 小林 正)

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